2012年4月10日

あの手この手、
道理をひん曲げてでも、
「都合」を優先させようとする
面の皮の厚さ。

これが大の大人のする事なのか。
ウヤムヤのまま押し切って、
そのうちみんな忘れてしまって、元の木阿弥。
いつもの奴等の手口だ。

「つべこべ言わずに黙って俺についてこい!」

などと恫喝されたって、
はい、そうですか、と従う義理なんてねえんだ。
「暮らし」があるから「国」もあるのであって、
暮らしが滅べば国もクソもなにもないじゃないか。
「愛国心の欠如」が国を滅ぼすんじゃない。
強引な恫喝が人々の暮らしを打ち壊した例は、
今までにも沢山あったじゃないか。

「失敗による反省」と「当面の都合」を天秤にかけるのは
間違いなく罪なことだと思う。
失敗を素直に反省して、活かして、
より良い方向を考えることが、
文化とか文明とかいうものだと思います。

そして、
原発はやっぱり「安全」なのだそうです。
現代文明とはやはり偉大なものです。

人の世に栄光あれ。